優れた人と劣った人の違いは何かと訊かれると「高い能力を持っていること」とか「頭の良さ」と答える人が多いと思います。しかし、私は優れた人と劣った人の最も大きな違いは「責任」と言うものに対する意識の差だと考えています。どんなに高い能力を持っていても、「責任を取る覚悟」が無ければ成果を出すことはできません。
特にマネジメントを行う上では責任と言うものが非常に重要になってきます。そのため、学習マネジメント塾ではこの「責任」と言うものを最も重視します。その説明をするために、まずは以下の質問の答えを考えてみてください。
ある高校生(A君とします)が、とある個別指導の学習塾に通っていました。そこの講師(講師Bとします)から「君は私の言う通りに勉強すれば良い。そうすればすべてうまくいくよ!」と言われたとします。
ある個別指導塾にて

A君はその講師Bの言葉を信じ、全ての勉強をその講師の言う通りに行いました。
そして学校で試験を受けましたが、何と講師Bは試験の範囲を間違えており、A君は全く違う範囲の勉強をしていました。そのため、試験はさんざんな結果になってしまいました。

では、ここで質問です。このような事態に陥った責任は誰にあるでしょうか?
このような質問をした場合、多くの高校生は「講師Bの責任だ」と言うかもしれませんし、お子さんを塾に通わせた保護者の皆さんも同じように考えるかもしれません。しかし、この考え方は大間違いです。試験がさんざんな結果になったのは全てA君自身の責任です。成果を出すためには、まずこの考え方を徹底的に改めなくてはなりません。
考えていただきたいのですが、そもそも勉強というものは生徒本人がやるものであり、試験も生徒本人が受けるものです。つまり試験の結果に対する責任は誰の指導を受けたとしても、生徒本人にあります。A君はその責任を自覚せず、試験範囲の確認という、当たり前のことを怠ったのです。これはどう考えても彼自身の責任としか言いようがありません。
「責任を取る」ことができるかどうかの差は勉強よりも仕事において顕著に現れます。高い能力を持っている人はどんな時も高い成果を出せると考えがちですが、それは大きな間違いです。「責任」というものを持っていなければ、どんなに高い能力を持っていても、それを発揮できません。
それを説明するために、もう一つ別の例を紹介します。普段職場において、何十人もの部下を抱え、困難なプロジェクトを幾つも成功させ、誰もが優秀と認めるビジネスマンが居たとします。その人が家庭で小学校の娘から「明日の朝、金魚に餌をあげておいてね」と頼まれました。

しかし、彼は金魚の餌やりをうっかりと忘れていました。

では、何故彼は金魚の餌やりなどという小学生でもできる仕事が出来なかったのでしょうか?彼には金魚に餌をやる能力が足りなかったのでしょうか?さすがにそれは無いでしょう。ここで彼に足りなかったのは能力ではありません。足りなかったのは”責任を取ろうというという意識”の方です。
人にとっての責任と言うものはコンピューターの電源スイッチのようなものです。どんなに超高性能コンピューターであったとしても、電源が入っていなければただの箱です。
おそらく彼は娘から金魚の餌やりを頼まれた時に「何で俺が金魚の餌やりなんかしなくちゃならないんだ」と思っていたことでしょう。この「何で俺がこんなことを・・・」という気持ちを持っていると人は頭の中のコンピューターの電源がオフになり、本来持つ能力を全く発揮できなくなります。

つまり、どれほど高い能力を持っていても、「責任を取る」という意志を持たなければ、小学生のお使い程度のことも出来ないような無能な人間になってしまうということです。
これと同じことが中高生の勉強においても言えます。成績の良くない学生は心のどこかで「なんで俺がこんなことをしなくちゃならないんだ」とか「誰か何とかしてくれねーかなー」と考えています。だから塾の講師などに「僕の言う通りにすれば全てうまくいくよ」などと言われると簡単にそれに飛びつくのです。
無責任な生徒の思考1

また、そういった生徒は学習塾の講師に対し「先生の通りにすれば本当にうまくいくの?」というようなことを言ったり考えたりします。通常の学習塾であれば「大丈夫だよ」と言うかもしれません。しかし「先生の言う通りにすれば本当にうまくいくの?」という言葉の裏には「うまくいかなかったら全部あんたの責任だからな」と言う考えがあります。つまりこの生徒は「より高い成果を出すこと」が目的ではなく「いかに楽をするか」「いかにして責任回避するか」が目的になってしまっているのです。つまり、金魚の餌やりを頼まれたビジネスマンのように、頭のコンピュータの電源がオフになっているのです。こんな状態では負けるに決まっています。
無責任な生徒の思考2

これがいかにダメな考え方かと言う事に、そして「誰も何とかなんてしてくれない」と言う当たり前の事実に早く気がつかなければいけません。この事実に気づいていなければ、ある一定以上の成果は絶対に出せないのです。
しかし、多くの中高生がこのことに気づかず「なんで俺がこんなことをしなくちゃならないんだ」と言う気持ちを抱えながら勉強しているのが実情のようです。何故このようなことになるのでしょうか?それは大部分の生徒が「勉強」というものを、明確な意志や目標に基づいて始めた訳ではないからではないでしょうか。
例えば野球部であれば「野球をやりたい」「甲子園に行きたい」と考えた生徒が自分の意志で入部しているはずです。しかし学校は「勉強したい」「東大に行きたい」と考えた生徒だけが入るものではありません。全員が6歳になれば小学校に入学し、親や教師といった周りの大人がやれと言うから、理由もよくわからないまま勉強をし始めたという生徒が大部分でしょう。そしてそういった生徒の多くは高校生ぐらいになっても勉強に対し「なんで俺がこんなことをやらなくちゃいけないんだ?」と考えています。だからいつまでも勉強と言うものに対する責任の意識が育たず、勉強の成果が出ないのです。

ただ、そういった生徒さんであっても、「頭が良くなりたい!」という気持ちは持っています。だから学習塾に頼ろうとするのですが、根本的な部分で「なんで俺がこんなことを」と思っているので、「誰かが自分の代わりに責任を持ってくれること」を期待してしまうのです。
まずはこの「人に責任を押し付けよう」と言う考え方を徹底的に改めなければなりません。人の力を借りることは悪いことではありませんが、その責任を人に押し付けてはならないのです。責任を取ろうと言う気持ちがなければ優秀なビジネスマンが小学生のお使い程度のことができなくなってしまうように、本来の能力を全く発揮できなくなってしまいます。
逆に言えば、ここを改めることさえできれば、これまでずっとオフになっていた頭のコンピューターが動き出し、本来の能力を発揮することができるようになります。それによって、それまでとは比較にならないほどの成果を得ることができるのです。