世の中には「頭の回転が速い」ことが「頭が良い」ことだと思っている人が多いように感じますが、私はそれは適切ではないと考えています。「頭の回転が速さ」は頭の良さを評価する指標の一つではありますが、全てではありません。

 

短距離走型の頭脳と長距離走型の頭脳

運動でも長距離走が得意な人もいれば、短距離走が得意な人もいます。それと同様に人の頭脳も長距離走型と短距離走型があると私は考えています。短距離走型の頭脳の人は思考の速度に優れていますが、長距離走型の頭脳の人は思考の持続力に優れているのです。

そして、マラソンで金メダルを取った選手と100m走で金メダルを取った選手のどちらが優れているかということを決めることができないように、長距離走型の頭脳と短距離走型の頭脳のどちらがより優れているかということを決めることもできません。ただ、短距離走型の頭脳の方が目の前の問題に素早く対応出来るため、凄さが分かりやすいのです。そのため、短距離走型の頭脳の人の方が頭が良いと言われる傾向がありますが、ゆっくりじっくり動く長距離走型の頭脳の人が劣っているとは必ずしも言えないのです。

ちなみに私は典型的な長距離走型の頭脳です。私は学生時代に数学が最も得意でしたが、計算は遅かったため問題を解くスピードは速くありませんでした。しかし、それでも数学が最も得意な科目だったことに違いはありませんでしたし、それだけで自分は頭が悪いと思ったこともありませんでした。

思考に時間がかかるのであれば、時間をかけて考えれば良いのです。理解するのに時間がかかるのであれば、時間をかけて理解すれば良いのです。

 

学術研究の世界では、時間をかけることを許している

短距離走型の頭脳と長距離走型の頭脳の優劣を決めることは出来ませんが、それぞれに合った仕事はあります。例えば、株やFXのトレーダー、将棋や囲碁の棋士などは短距離走型の頭脳の人が合っているでしょう。ですが、研究者は長距離走型の頭脳の人の方が合っているのではないかと私は思っています。何故なら、研究というものは年単位の長い時間をかけて行うものがほとんどだからです。

例えば、iPS細胞を超えるような新しい万能細胞を20年後に完成させられる根拠を示すことが出来た場合、お金を出してくれるスポンサーはたくさんいるでしょう。そもそも10年や20年といった時間は企業(特に大企業)にとってはそこまで長い時間では無いのです。実際、大企業は10年以上先を見据えた基礎研究に多額の資金を投資しています。

このように、10年、20年という時間をかけることが許されている研究という活動は運動で言えばマラソンに近いと言えます。そのため、一時的な処理速度の速さよりも、思考の持続力の方が要求されると考えられます。

そして、大学は優秀な研究者になれる人材を欲していますが、大学受験の時に徹底的に頭の回転が速い人しか合格できないような問題を作るでしょうか?そういう問題を作る大学もあるかもしれませんが、私が大学受験の問題製作者ならそのようなことはしません。理解している人が正しい手順できちんと解けば、合格点に到達できるような問題にするはずです。そのため、問題を解く速さが遅いというだけで合格できないと考えるのは早計でしょう。

 

レーシングカーとブルドーザー

レーシングカーとブルドーザーはどちらも大馬力のエンジンを積んでいますが、その馬力をスピードに変えているか、確実に物を動かすパワーに変えているかの違いでしかありません。スピードが遅いからという理由だけでブルドーザーがレーシングカーよりも劣っているとは言えません。それぞれに適した仕事や能力を発揮できる場が異なっているというだけです。サーキットでは、ブルドーザーはただのノロマとして扱われるでしょうが、工事現場では、レーシングカーは役立たずとして扱われるでしょう。

最も良くないのは、「頭の回転が遅い」というだけで「頭が悪い」と思い込んでしまうことです。

「自分は頭の回転が遅いから頭が悪い」と考えたり、「この子は他の子よりも理解が遅いから頭が悪い」と考えてしまうことはすべきではありません。そんなことをすれば、自分や子供の可能性すら見えなくなってしまいます。世の中にはじっくりと時間をかけることも許される世界もあるのですから、そのような分野で活躍できるようになれば良いと発想を切り替えることが望ましいでしょう。