この世の中には立派な人や尊敬できる人が大勢います。そのような人たちと交流を持つことができることは良いことですが、その際に心がけなければならないのは「自分の理想を押し付けない」ようにすることです。人に理想を押し付けてしまうと、現実がその理想通りでないと気づいた時に相手との関係が破綻しかねないのです。

「理想を押し付ける」とは「幻想を抱く」という言い方もできますが、それが打ち砕かれた時に人は”幻滅”を感じることになります。では「幻滅」の正しい意味は何でしょうか?国語辞典で調べると以下の様な意味になります。

幻滅:期待やあこがれで空想し美化していたことが現実とは異なることを知り、がっかりすること。

つまり、幻滅というものは「空想し、美化していた」から起こることなのです。そのため、もし人に対して幻滅を感じた時は、幻滅させた相手を責めるのではなく、勝手な幻想を抱いて現実を見抜くことができていなかった自分自身の考えの浅さを反省するべきでしょう。

しかも、厄介なことに、人に対して理想を押し付けて、理想通りでないことを知って”幻滅”を感じてしまうと、それまでの好意がそのまま嫌悪や憎しみにひっくり返るということが起こりえるのです。

例えば、上司や先輩などに100の尊敬や好意を持っていたとします。もしその相手から嫌な言葉をぶつけられたりするなどして10の不快な思いをした場合、今まで100あった好意が90に減るのが普通です。

しかし、相手に自分の理想を押し付けて勝手に美化していた人がそのことに”幻滅”を感じてしまうと「裏切られた!」と思ってしまい100の好意がそのまま100の嫌悪や憎しみにひっくり返ってしまうのです。

これが夫婦関係の場合、幻滅を感じさせた配偶者はその人の中で”裏切り者”になり「裏切り者にかける愛情はない」「裏切り者のために自分が一切の我慢や努力をする必要は無い」という超理論が成立し、夫婦関係が破綻してしまいます。

 

また、理想を押し付けるというのは必ずしも好きな相手に対してだけではありません。嫌いな相手に対しても”理想の敵”像を押し付けてしまうのです。以前好意を抱いていた人に幻滅すると、その人が”理想の敵”となってしまうこともしばしばあります。その人の中では”理想の敵”はどんな時でも自分に対して敵意と悪意を向けてくる意地悪な人でなくてはならないのです。そうでなければ、自分がその人を嫌うことの正当性を維持できないからです。

例えば、”幻滅”し”理想の敵”と認定した先輩が、飲み会に誘ってくれたとします。すると「人の都合も考えず、飲み会への参加を強要された」と考えます。逆に誘わなかった場合は「自分だけ仲間はずれにした」と考えます。とにかく“理想の敵”に対しては相手を嫌う理由を必死に探し、良い所は見ないようにするのです。

これは”レッテルを貼る”とも言い換えることができます。一度貼った「この人はこういう人」というレッテルの通りであって欲しいという願望を持ち、その願望で人に対する評価を歪めているのです。

しかし、当たり前ですが、人は様々な思いや事情を抱えて生きています。ひょっとするとその人は我々が知らないところでとても重い事情を抱えているのかもしれません。また、以前ひどい言葉を言ってしまったことを後悔し、何とか関係を修復したいと思っているのかもしれないのです。それなのに、人に対して「この人はこういう人」というレッテルを貼り、その決めつけに基づいて身勝手に歪めた評価で判断するなどということは間違っています。

厳しい言い方をすれば、人に理想を押し付ける(レッテルを貼る)人は、他人が今まで歩んできた人生や気持ちに対する想像力と人を客観的に評価する判断力が欠如しているということです。これは知的怠慢としか言いようがありません。

このようにならないようにするためには、まず人と付き合う時に相手の良い所も悪い所も受け入れる覚悟を持つ必要があります。その上で、好意を抱いた相手に対しては「この人が自分の理想通りであるはずがない」ということを自分に言い聞かせ、嫌悪を抱いた相手に対しては「何がこの人をこうさせたのだろうか?」「何か事情があるのだろうか?」と気遣う気持ちを持つ必要があります。

そのために、まずは想像力や判断力を鍛える必要がありますが、それ以上に人の様々な面を受け入れる”心の余裕”(言い換えるなら”自信”)と自分が人を勝手に判断して良い訳がないという”謙虚さ”を持たなくてはなりません。