「真面目である」ということは通常良いことではあります。しかし、「真面目である」ということが時に弊害を生む場合もあります。ここでは、私が考える真面目な人の特徴と、それらがどのような弊害を生むと考えられるかを論じていきます。

 

真面目であることの弊害1:完璧主義

真面目な人の考え方で特に弊害が大きいと考えられるものは”完璧主義”です。もちろん物事を完璧に仕上げようという高い志を持つこと自体は良いことではありますが、実際の仕事や勉強では、全てを完璧に仕上げることは不可能に近いです。そのため、優先度の高いものに集中し、優先度の低いものは捨てるという選択をしなくてはならないこともありますが、真面目過ぎる人はそれが出来ないのです。

例えば、歴史の勉強において、学校では古い時代から順番に教えられるため、最初は縄文時代や弥生時代の勉強から始まりますが、センター試験などでは近代史以降の問題が最も多く出題され、縄文時代や弥生時代の問題はほとんど出題されません。つまり、大学受験のために勉強しているのであれば、近代史以降の歴史から勉強するというのが正しいのですが、全てを完璧にやろうとする真面目な生徒は、教科書の順番通りにきっちり全部覚えようとしてしまうため、勉強の効率が非常に悪くなってしまいます。

完成度80%の仕事の記事でも書いた通り、全てを100%完璧に仕上げようと考えてしまうと、効率が悪くなる上に、決断力や行動力も失ってしまうのです。

 

真面目であることの弊害2:目の前のことだけに集中し過ぎる

真面目な人は指導者から「この勉強をしなさい」と言われたことに素直に従い、それに集中するのですが、あまりに目の前のことだけに集中し過ぎることも問題を生むことがあります。と言うのも、もしその指導者が言っていることが間違っていた場合や指導者に搾取されている場合に気づくことができないのです。

正しい努力を一定量以上するの記事でも書きましたが、成果を出すためには正しい努力をしなくてはなりません。もし、ダメな指導者に炎天下に水も飲まずにひたすらうさぎ跳びをし続けろと指導されたとして、それに素直に従っていても、報われる日は来ません。また、ブラック企業で働いている人が「給料が安いのは自分の頑張りが足りないからだ」と考えてひたすら真面目に仕事をし続けても、経営者側に搾取され続けるだけでしょう。その場合は、この「指導者はダメだ」と見切りをつけなくてはならないのです。また、自分自身で間違った勉強やトレーニングをしている場合でも、その間違いを認めて軌道修正しなくてはなりません。

これは、投資における「損切り」の考え方です。つまり、これ以上の損を出さないために、これまでの自分の努力が無駄だったことを認めなくてはならないのですが、真面目過ぎる人は目の前のことに集中し過ぎるため、無駄な努力をし続けてしまうのです。

 

真面目であることの弊害3:効率を考えない

これは、前の二つに被る部分もありますが、真面目過ぎるために”効率”というものを考えることが出来なくなるということもありえることです。

受験漫画の金字塔「ドラゴン桜」で、「目の前に川があって向こう岸に渡りたいときどうするか」という心理テストで、普通の人はずぶ濡れになって渡るが、東大生は周辺を探して濡れずに渡る方法を探す、という話がありました。つまり、受験で一定以上の成果を出している人は、まず情報を集めて効率の良い方法を探すのです。私も仕事において、データ処理などの業務をいかにして自動化できるかを考えるようにしています。言い換えるなら、いかに手間を省くかということを考えているのです。“手間を省く”というのは”手抜き”とは違います。同じ成果を出すために使う時間や労力を最小化するということです。

人が持つ資源(時間・労力・お金)は有限のものであり、その有限の資源を使ってより成果を上げなければならないのですから、使用する資源当たりの成果を最大化させることは避けて通れません。つまり、成果を最大化させるためには効率を改善することを常に考え続けなくてはならないのです。(これについて、詳しくはコストパフォーマンスのページを参照)

 

真面目であることの弊害4:うまくいかなかった時に自分を責めてしまう

最後に、真面目過ぎる人は、うまくいかなかった時に自分を責めてしまう人が多いように見えますが、これも非常に良くありません。人を責めない、自分を責めないの記事でも書きましたが、「責任を取る」ということと「自分を責める」ことは全く違います。うまくいかなかった時には、その原因を分析して改善を行うということを淡々と行うだけで良く、自分を責める必要は全く無いのです。自分を責めて落ち込んだりしていては、勉強の成果は確実に落ちることになりますし、最悪の場合うつ病になったりすることもありえるでしょう。

うまくいかないことがあっても、その分析と改善を行った後は「まぁしょうがないか」と言って忘れ去るという良い意味での「いい加減さ」が必要なのです。

 

 

昭和の時代であれば、言われた仕事や勉強を黙々とやり続ける真面目な人が重宝されましたが、変化の大きいこの令和の時代には、人から言われたことを黙々とやっているだけではうまくいかない事の方が多いでしょう。もちろん、何もやろうとしない本当に不真面目な人は論外ですが、常に自分で考え、常に軌道修正を繰り返しながら効率を改善した上で正しい努力をし続けるということが必要になります。それこそが当塾で教えるマネジメントの考え方です。

マネジメントは「人から言われたことをやる」という考え方では絶対にうまくいきません。人に言われたことだけをやるというのはある意味楽ですが、何をすれば良いかを自分で考え、自分で決めて実行するのは、責任が伴うため不安や恐怖を伴います。だからこそ、マネジメントには不安や恐怖を克服して行動し続ける勇気と覚悟が必要になるのです。その考え方に基づき、当塾では”全ての責任を自分で取る”という意識から徹底的に教えるようにしています。