「学習性無力感」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?長期にわたってストレスを回避できない環境に置かれた人や動物は、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという現象です。

 

学習性無力感の実験

学習性無力感については犬を使った以下のような実験があります。

  • 電気ショックの流れる部屋に2匹の犬を入れ、1匹にはスイッチを押すと電流が止まる仕掛けを施した環境、もう1匹は何をしても電流が止まらない環境にする。
  • 仕掛けがある方の犬はスイッチを押すと電流が止まるということを学習し、スイッチを積極的に押すようになった。仕掛けのない犬は最終的に何の抵抗もしなくなった。
  • 2匹の犬をしきりを飛び越えるだけで電流から逃れられる部屋に移したところ、前者の犬は早々にしきりを飛び越えたのに対して、後者の犬は何の行動も起こさなかった。

この実験から分かることは、人(や動物)に回避不能な罰を与え続けると一切のやる気を無くしてしまい、できることでも全くやらなくなるということです。

 

教育における学習性無力感

子供がテストで90点を取っても「何故あと10点取れないんだ!」と叱り、95点取っても「何故あと5点取れないんだ!」と叱るようなことをし続ければ、子供は叱られることを「回避不可能なこと」と認識し、それを回避するための行動(つまり勉強)を全くしなくなります。

以前、Yahoo知恵袋で「息子が本当にバカで、小さい頃からずっと勉強させてきたのに全く身につかずに困っています。」という相談が寄せられ、ネット上で話題になったことがありました(この相談自体が創作の可能性もありますが)。相談者は11歳の子供を持つ母親で、子供には3歳の頃から塾に通わせ、一切の娯楽を与えず、サボれば叱りつけて勉強漬けの日々を過ごさせてきたのに、子供の成績は塾のクラスでも最下位で他の遊んでいる子の方がずっと成績が良いという状況に悩んでいるというものでした。

学習性無力感の実験結果から考えれば、このような状況になるのは至極当たり前だと言えます。その子の立場からすれば、どれ程勉強を頑張っても100点以外の点を取れば怒られる上に、一切の楽しみを奪われ続けていれるのですから、「どーせどんなに頑張っても怒られるだけなんだから、頑張らない方が楽でいいや」と考えるのは当然でしょう。人間の行動原理の記事で書いた通り、人は「嫌なことを回避するための行動」をしていると多大なストレスを感じることになります。そんな状態では、その行動を長続きさせることも極めて困難です。

罰を与えるという行為は本来、「やってはいけないこと」を教えるためにやるできです。子供が何か悪事を働いた時には厳しく叱るという形で罰を与えることも必要ですが、「期待以上の成果を出せなかった」という理由で罰を与えるのは明らかに逆効果です。そんなことをすれば、子供にとって勉強は「親に叱られないため」にする行動でしかなくなってしまうのです(これについては、勉強しなさいがダメな理由の記事に詳しく書いています)。

 

人間関係における学習性無力感

学習性無力感というものを理解することは、子供の教育において非常に重要だと言えますが、それ以外の人間関係においても重要になってきます。

「部下がバカで本当に困ってる」とか「部下に業務改善案を出せと言っているのに、全く出してこない。やる気がない部下を持つと苦労する」などと居酒屋で愚痴を言っている管理職の人は、普段から些細なことで部下を怒鳴りつけたり、部下が改善提案を出した時に「こんな低レベルのものを持ってくるな!」などと言ったりしていないでしょうか?そんなことをすれば、部下が「どうせ何をやっても怒鳴られるし、俺が改善案を出しても罵倒されるだけだから何もしない方がいいや」と考えるのは当然でしょう。

「うちの旦那って、ホントに家事を全然手伝ってくれなくて困ってるのよ~」とママ友に夫の悪口を言っている奥さんは、ひょっとすると夫が家事をした時に「あれができていない、ここがダメだ」と家事の不出来を責めるようなことばかり言っているのではないでしょうか?そんなことをし続ければ、夫が「俺が家事をやってもどうせ文句を言われるんだから、やらない方が楽でいいや」と考えるのは当然です。

上記のようなことを言う人を見ると、私は「あなたが相手をそうさせてるんだよ!」と言いたくなります。こういう人は「ちゃんと出来ない相手が悪い」とか「不出来を叱責し続ければ、いずれ出来るようになるはず」と考えているのでしょうが、自分のその考え方と行動が相手の中に学習性無力感を生み出しているということを自覚しなくてはなりません。

 

親や教育者という立場の人は特にそうですが、私は出来れば全ての大人がこの学習性無力感というものを理解して欲しいと思っています。これを理解していないと、自覚が無いままに人からやる気を奪ったり、最悪うつ状態になるまで追い込んでしまうこともあり得るからです。