コストダウンのために効率を重視するべきか?質を上げるために手間をかけるべきか?ということはビジネスにおける永遠の課題の一つだと言って良いでしょう。前者は低価格志向、後者は高級志向のビジネスモデルであり、それぞれに需要がありますが、どちらが正解ということはありません。ただ、医療や教育などの人の人生に大きく影響を与える分野では、明確な正解を決めるのはなかなか難しいものがあります。
漫画で描かれた効率重視の病院
漫画界の巨匠・手塚治虫が描いた無免許の天才外科医が活躍する”ブラックジャック”の中で「流れ作業」という話があります。その話の中で、ある病院の院長は自身の病院での診察や治療を効率優先の流れ作業で行い、その代わりに治療費を安くすることで患者を集めていました。大金を要求する代わりに、一人の患者の治療を徹底的に行うブラックジャックとは対照的だと言えるでしょう。そして、ある日交通事故に遭った院長の娘が病院に運ばれて来たとき、院長は自分の娘の手術を最優先にしようとして現場が混乱するという話でした。
この効率優先の病院は漫画の中で否定的に描かれていますが、私はこのようなシステムも決して悪くは無いと考えています。世の中には裕福でない人も多くいますし、そのような人たちがろくに医療を受けられないような事態に陥るのであれば、効率優先でコストダウンを実現し、安く医療サービスを提供する病院があっても良いでしょう。
ただ、漫画でも描かれていますが、このような徹底的な効率優先のシステムは非常時に対応できないという脆弱性もあります。
非常事態には普段無駄なものが必要になる
製造業では、在庫を極力少なくすることでコストを抑えようという動きがあります。しかし、何らかの理由で材料や部品の仕入れがストップしてしまった場合、在庫を極力少なくするというビジネスモデルでは、すぐに材料や部品が足りなくなって生産がストップすることになります。そのような時に、多めの在庫を持っておくことが役に立つこともあります。つまり、非常事態には普段は無駄なものこそが必要になるのです。
例えば、堤防などは普段の生活ではほとんど必要性を感じることはありませんが、何十年に一度の洪水や津波が起こったときには、我々の生命や財産を守ってくれます。少し性質は違いますが、生命保険や自動車保険なども同じことが言えるでしょう。
徹底的に効率優先で、無駄なものを削ぎ落とすというやり方は、非常時の脆弱性も抱えることになりますので、それらのリスクに備えるためにあえて無駄と思えるものを確保しておくことも必要です。
非常事態のリスクが大きくなければ、効率優先もあり
医療の世界であれば、効率を重視し過ぎて非常事態に陥った場合、人の命が失われることもありえます。ダムや堤防などの公共事業も削減しすぎた場合、洪水や津波で多くの人が犠牲になるでしょう。しかし、例えば自動車会社が材料や部品が届かないなどの非常事態に陥った場合、生産がストップしてお客様を待たせることにはなりますが、人の命まで失われることはありません。ならば、そのリスクをあえて受け入れて効率を優先するという判断もありです。
リスクに対応するということは必ずしも対策を打つことだけではなく、リスクの大きさを予想して、そこまで大きくないリスクであれば受け入れることも含みます。
では、教育の世界はどうでしょうか?私は当塾のコンセプトのコストパフォーマンスのページでも書いたように教育の分野でももっと効率優先でも良いと考えています。もちろん効率重視では非常事態に対応できなくなりますが、学校や学習塾がしばらく機能しなくなったとしても、生徒の命が奪われることはありませんし、生徒の人生に致命的な影響を与える可能性も低いでしょう。そのため、私は非常事態への対応よりも普段の効率の方を重視しようと考えています。
誤解しないで頂きたいのですが、これは手抜きとは違います。「非常事態に対応するコストを削減することで、普段の業務のコストパフォーマンスを上げ、同じ時間・労力・お金でより質の高いサービスを提供する。」という考え方なのです。そして、コストパフォーマンスを上げるということは、同じ料金でより質の高いサービスを提供することに繋がります。
例えば、雇用している塾講師のほとんどがインフルエンザで出勤できなくなったという”非常事態”が数年に一度起こったとします。そのような非常事態に対応するために普段から多めの講師を雇用しておくということもできなくはありませんが、その分人件費が多くかかることになります。そうなれば、コストが増大しますし、何より講師一人当たりに支払う給料が安くなってしまいます。そうなれば講師の仕事への意欲低下を招くでしょう。ならば、その場合「講師がインフルエンザで出勤できないため今週はお休みにします。」と宣言すれば良いのです。
そのようなビジネスモデルであるということをきちんとお客様に説明して、納得して頂いた上で提供するのであれば、それは決してお客様を裏切ることにはなりません。教育の世界では、「丁寧な個別指導」や「生徒のために全力を尽くします」などの耳触りの良い言葉ばかりになりがちですが、もっとビジネスモデルを明確にして、どのような考え方でどのようなサービスを提供するかを明確に示して欲しいと考えておられるお客様も多いのではないでしょうか?