仕事や人生において最も大事なことは「責任を取る」ことだと私は書いてきました。そして、責任を取るということの本質は、「危機が起こる前に事前対策を打つ」ということです。これを実現するためには、どのような危機が起こるかということを常に先回りして考える必要があります。しかし、これからどのような危機が起こりえるかを考えると、人を不安になります。そのため、危機を予測するというはかなりストレスがともなうものなのです。ですが、それに耐えること、つまり常に不安でい続けることがができなければならないのです。
不安に耐えられない人は現実から目を逸らしてしまう
「賭博黙示録カイジ」という作品の中で、利根川というキャラクターが不安であり続けるこのことの重要性を以下のように指摘しています。
疑い続けること、不安であり続けることが、ギャンブルで生き残るためにもっとも必要な心構えなのに、素人ほどそれをすぐ捨てる。
言い換えれば、すぐ腹をくくる。すぐ「これで負けたらしょうがない」という口をきく。白黒をつけるタイミングが一つも二つも早い。
ビギナーは耐えられないのだ。勝つか負けるかわからないという不安・葛藤…そんな時間が長く続くことに耐えられない。
そんな状態よりいっそ、ハッキリさせた方がいいと考える。仮に負けが確定することになろうとも。それが素人の習性だ。
これはギャンブルに限った話ではなく、仕事や人生における全てのことに言えます。不安に耐えられないのであれば、安心を求めるために注意深く物事を観察して、不安の種を取り除くようにするのではないか?と思うかもしれませんが、実際には逆です。不安に耐えられない人は不安の種になりそうなものから目を逸らそうとするのです。
例えば、不誠実な男と付き合っている女性に「あの人浮気しているよ」と教えても、「彼はそんな人じゃない」と言ってその事実を認めようとしなかったり、カルト宗教の信者に、その宗教のインチキぶりと教祖の悪事を教えてあげても「教祖様の悪口を言うな!」と言って耳を貸さなかったりするのです。
そのようなことをしていれば、対策が遅れ、取り返しのつかない状況に追い込まれることになるのです。
不安に耐えられなければ成長できない
人は”変化すること”に不安を感じるものです。思い出して頂きたいのですが、どれほど望んで入った学校や会社であっても、入った時はうまくやっていけるか不安に感じたはずです。そのため、不安を避けようとすると、人は自然と変化を嫌うようになるのです。しかし、変化が無いということは成長が無いということです。変化の大きい今の時代であれば、時代に合わせて仕事のやり方や生き方を常に変化させ、自分自身を成長させ続けなくてはなりません。それはつまり変化することの不安に常に耐え続けなくてはならないということです。
人は変化しなければ、成長はできませんし、新しいものも得られません。つまり変化による不安に耐えられなければ成長もできず、新しいものも得られないので、ジリ貧になるのです。
また、人は安心に”幸福”を感じるものです。だからこそ安心とは甘美なものなのですが、それを捨てる覚悟を持たなくては、新たな幸福を手に入れることができないのです。言い換えるなら、今の幸福を捨てる覚悟を持てなければ、新たな幸福を得られないということです。
これは別に今の配偶者と離婚して別の人と結婚しろとか、今の会社を辞めて転職したり起業したりしろと言っているのではありません。ですが、浮気やDVやモラハラをしてくる配偶者であっても、離婚して独り身になる不安に耐えられないためにズルズルと婚姻関係を続けるぐらいなら、スパッっと離婚して別の人を探した方が良いでしょうし、転職の不安に耐えられずにブラック企業に勤めて心や体を壊すぐらいなら、さっさと転職した方が良いでしょう。
また、離婚や転職のような大きな変化でなくても、仕事で新しいやり方をどんどん導入したり、今までやらなかった新しい趣味に挑戦したりすることをすることによって人は成長したり、新しい喜びを得ることができるようになるのです。
このように、ほんの少しの不安を避けようとせず、むしろ”不安であり続けよう”という気持ちを持つことは人が成長し、幸福を得る上では重要なことだと言えます。